東京高等裁判所 昭和39年(う)1652号 判決
被告人 常盤松美
〔抄 録〕
各所論は、要するに、原判示一の(一)の事実について、被告人のなした行為は株主相互金融または単に相互金融としての法に許された範囲内の株式の募集、売買に伴う金銭の受入れであつて、原判示のように不特定多数者から日掛、月掛をして預り金をしたものではないというのである。
よつて案ずるのに、原判示一の(一)の事実は原判決の挙示する関係証拠を総合すればこれを認めるに十分であり(但し原判決書別紙預り金一覧表中千葉支社の日賦29年1月2月欄の三二三、〇〇〇円とあるのは三二、三〇〇円の誤記と認める)、記録を精査しかつ当審における事実取調の結果に照らしても、預り金であることを否定する被告人の弁解は採用するに足りず、原判決には事実を誤認した廉は認められない。各所論が強く主張するところは被告人のなした行為は預り金ではなく適法な株主相互金融における株式の募集、売買に伴う金銭の受入れであるというのである。しかし廃止前の貸金業等の取締に関する法律(昭和二四年法律第一七〇号)第七条が貸金業者に対して預り金を禁止するのは、貸金業者が不特定多数の一般大衆から金銭を受入れてこれを貸付金等に使用し、その貸付金の回収不能等による経営の破綻により預け主である一般大衆に不測の損害を蒙らしめることを防止しようとするにあると解されるところ、同条にいわゆる預り金とは、不特定多数の者からの金銭の受入で、預金、貯金、掛金その他、何らの名義をもつてするを問わずこれらと同様の経済的性質を有するものをいうのであつて(同条第二項)、元本額またはそれ以上の額を弁済期に返還することを約旨として不特定多数の者から金銭を受入れるときは出資金または融資金等の名義を用いたにしても預り金に当るものであり(最高裁昭和三一年八月三〇日決定刑集一〇巻八号一二九二頁以下参照)、また貸金業者が日掛、月掛等の方式で満期に利息を付して払い戻す約束で一般から加入者を募集して金銭を預る以上は、たとえ株主相互金融と称して株式に対する払込金の形式をとりまた相互金融を利用し得る者の資格を株主である特定者に限定し、右募集に応じた加入者が株主たる資格を取得するものとしても、なお同条にいわゆる預り金をしたものと認むべきものであるところ(東京高裁昭和二九年九月二日判決刑集七巻七号一一六二頁以下、同裁判所昭和三〇年五月一二日判決高裁刑事裁判特報二巻一一号五一六頁以下、同裁判所昭和三〇年七月一四日判決刑集八巻五号六八六頁以下、同裁判所昭和三一年一二月二七日判決高裁刑事裁判特報三巻二四号一二八五頁以下参照)、これを本件について見るのに、原判決挙示の関係証拠によれば、本件の日本商工振興株式会社(以下単に日商という)の増資は多いときは数日おき位の間隔で数十回以上を重ねており通常の会社の増資とは全く形態を異にするのみならず、その株金の払込は帳簿等の操作のみであつて現金による現実の払込はなされていないこと、株券の多くは実際には株主なるものに交付されていないこと、株主優待金なるものは日商の利益とは関係なく、所謂株式会社の株主に対する利益配当とは異り当初から受入金の金額、受入期間等によりその金額、利率が一定され実質上預、貯金における利息と何等異るところはないこと、日商は預り金に対し株式はいつでも額面金額で譲渡の斡旋をすることを約定し、しかもその金額は日商において現金で立替支払い得る旨の約定があるが、それは実質上元本の返済と何ら選ぶところがないこと、日商外務員による実際の勧誘方法は、名目は株式の譲渡等ではあるが実際は高利廻りの預、貯金と同じである旨述べるのが通常であり、勧誘人員にも事実上制限はなく多ければ多いほどよく、また預け主の殆んど大部分にとつては、日商の株式を所有することは問題外であつて高利廻りの預、貯金をする意思しかなく、またこのことは日商外務員や被告人ら幹部もまた十分認識していたこと等が十分認められ、これらの事情を総合すれば本件の各金銭の受入れは、日商の増資新株の引受に基づく株金払込または株式譲受代金等を日商が立替えこれを相手方即ち株式の引受者または譲受人から回収する形式をとつてはいるが、その実質は原判示のように不特定多数の者から日掛、月掛等により現金を受入れ、所定の期日にこれに株主優待金の名目で月一分五厘ないし三分位の対価なるものを付して返還する約旨のもとに日掛金、月掛金を受入れて預り金をしたものであることを認めるに十分である。なお、記録によれば被告人ら日商幹部がその支社や外務員らに対し、書面または口頭をもつて本件金銭の受入れが預り金ではなく株式の払込金等である旨注意したことのあることが窺われないではないが、それは前記法条の明文に照らし預り金の名目で金銭を受入れることが許されない関係上金銭受入れの名目ないし形式は預り金ではなく株式の払込金等である旨強調したに止まると認められるのであつて、そのことが前記のようにその実体が預り金であることの認定を妨げるものではない。また記録によれば、被告人が株主相互金融名下に本件の金銭を受入れるについて、できる丈その合法化を期そうとして関係官庁の係員らの意見を徴するなどして努力したこと、これに対しこれら係員が必らずしもその違法性を明確に指摘することをしなかつたなどの事情が窺われないではないが、これらの事情は本件の情状として考慮されるのは格別(被告人が仮に本件の金銭の受入れが預り金ではなく適法な株式払込金の受入等であると信じていたとしてもそれは法律の錯誤であつて故意を阻却するものではない)、本件の犯罪の成立を阻却するものとは認められない。論旨は理由がない。
(石井 山崎 渡辺)